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August 14, 2006

靖国問題と天皇制

 一年以上 ブログからご無沙汰していた。最後のブログ記事は「靖国問題とニーチェ」で、一年前も、やはり靖国問題が大きな話題であったことは、今更ながら驚くばかりである。要するに靖国問題は昨年以来一歩も前進していないということだ。
 とはいえ今年の靖国問題には全く新しい人物が加わってさらに論争を加熱している。その人物とは、言うまでもなく、昭和天皇である。昭和天皇がA級戦犯の合祀を理由に靖国神社への親拝を拒否していたことが側近の備忘録で明らかになった。これで勢いづいたのが、小泉首相をはじめ政府要人の靖国参拝に反対しているいわゆるリベラル派である。
 その代表格とも言える東大の姜尚中教授は『朝まで生テレビ』で、右派の國學院の大原康男教授や京都産業大学で靖国神社総代の所功教授を、靖国神社参拝を支持することは昭和天皇の「おおみこころ」に反するのではないかとまで揶揄した。反天皇派であろうリベラル派で、プロテスタントでかつ在日韓国人である姜教授が「おおみこころ」という言葉を使って靖国参拝支持派を非難するのは、たとえそれが皮肉であろうとも、いささか奇異に聞こえる。案の定、発言直後に所教授から「あなたから、そのような言葉を聞くとは思わなかった」と切り返された。明らかに、現状はリベラル派が天皇の言葉を利用して、小泉首相の靖国参拝を阻止しようとしている。だから、右派からは、天皇の政治利用だと非難される。かつては「靖国参拝」を「おおみこころ」に副うものとしていた右派と、日本の戦争責任や中国や韓国の感情に配慮して靖国参拝反対や合祀反対を唱えていたリベラル派との間の議論で、攻守全く所を替えてしまった。今では右派が反天皇、左派リベラル派が親天皇の様相を見せ始めている。
 侍従の備忘録を契機に噴出している靖国問題は、単に靖国問題や天皇の政治利用の問題を超えて、天皇制そのものを揺るがしかねない重大な問題を孕んでいる。それは、終戦直後に右翼の頭目児玉誉士夫でさえも口にした天皇の戦争責任問題が再び問われかねないからである。
 終戦直後に天皇の戦争責任問題が問われなかったのは、戦後の日本を混乱に陥れかねなかったからである。日本の占領を円滑に進めるためにGHQは天皇の戦争責任を不問に付した。不問に付したのはあくまでも占領軍であって、日本国民ではない。もちろん当時の日本国民が天皇制の存続を渇望していたが故に、占領軍も天皇の戦争責任を不問に付したのである。その結果、日本の戦争責任(対外的にではなく国内的に)は曖昧なままとなり、中国が主張するように人民(一般国民)に責任はなくA級戦犯にその全責任を負わせる区分責任に一般国民は諸手を挙げて賛成したのである。そして「おおみこころ」が天皇の心情だとすれば、天皇も一般国民に混じって、区分責任論を受け入れたのである。天皇が戦後憲法で「無謬」の日本国民の統合の象徴となったことは、文字通り「象徴的」である。
 問題は天皇の公的責任である。天皇は一般国民ではない。東条英樹や広田弘毅などA級戦犯たちの多くは、天皇に責任問題がおよぶことを防ぐために処刑台の露と消えたのだろう。そのA級戦犯が合祀されていることを理由に親拝をしないというのは、いかなる「おおみこころ」であろうか。岡崎久彦氏や前述の大原康夫教授ら右派の論客たちは、「おおみこころ」があまりに人間的な心情を吐露していることに驚き、その真意(神意)をはかりかねて、ほとんど混乱の極みの状況に追い詰められている。一方のリベラル派は「おおみこころ」に天皇の人間としての、反軍、反戦平和のリベラルな心情を見いだし、ほっと安堵の態である。左右いずれの論にしろ、人間天皇の個人的な人間としての私的な心情にばかり関心を向け、個人的な心情吐露は「おおみこころ」ではないとか、個人的な心情こそ本音であり「おおみこころ」であるという、解釈論に矮小化してしまっている。
 「おおみこころ」の問題は、単に昭和天皇の私的、個人的な心情の問題ではない。「おおみこころ」が左右いずれにも利用されるという、天皇の政治的存在そのものが問われている。また同時にA級戦犯問題での「おおみこころ」は、天皇の戦争責任を蒸し返すものである。この問題の行き着く先は、右派が天皇ナショナリズムを捨て、共和制の国民ナショナリズムを、一方の左派リベラル派が、「リベラル」な天皇を担いで、天皇制リベラリズムを主張することになりかねない。
 こうしたねじれた政治的現象に天皇家が巻き込まれる前に、天皇ご一家には江戸時代のように京都で政治とは無関係にすごされてはどうか。現在の天皇制は、日本古来の天皇制とはおよそかけ離れた、明治維新の際に西洋から導入された君主制度の模倣である。日本の天皇制は、文化共同体としての日本の歴史、文化、伝統を保持、代表、象徴する日本で最も古い家系による文化保護制度としてあるべきだ。江戸時代以前のように政治の都、東京から離れて、文化の都、京都に皇居をおかれるのが一番よいのではないか。
 ところで、靖国問題について、普段から疑問に思っていることがある。毎年武道館で開かれる「全国戦没者追悼式」には、A級戦犯は戦没者として入っているのだろうか。「全国戦没者追悼式」では一体誰を追悼するのだろうか。追悼式では天皇、首相をはじめ全国民が正午に戦没者に頭を垂れている。恒久的施設ではないが、一年に一回、武道館が国立追悼施設の役割をはたしているのではないか。もしそうだとするなら、靖国問題は単なる一神社の問題にすぎなくなる。どなたか「全国戦没者追悼式」にだれが奉られているのか知っている人がいたら教えてほしい。妄言多謝。

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