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October 14, 2006

北の核実験と日本の対応

北朝鮮の核実験と日本の対応
 北朝鮮がついに核実験を行った。このことの意味を本当に理解している日本人は少ない。
われわれ日本人は、北の核兵器の脅威に晒されることになったのだ。核実験は失敗だったのではないか あるいはまだ核兵器を搭載できるほどに小型していないのではないかなど希望的観測はなんの慰めにもならない。
 日本全域を射程に収めるノドンミサイルは8月の発射実験で完全に実戦体制が整った。核兵器もすでに搭載されていると考えた方がよい。今回の核実験は、小型化した核兵器の実用実験と考えた方がよい。地震の規模が小さかったのは核兵器の出力制御(イールド・コントロール)に成功したと考えるべきだろう。また微量の核物質しか検出されなかったのは、核分裂が不十分であったというよりも、出力がそもそも小さかったこと、そして北朝鮮お得意のトンネル技術で山を縦横無尽に掘り進め、深々度の地下で行ったからではないか。朝鮮放送が「完全に安全な実験」とわざわざ放送したのも、深々度の地下で行うことを示唆したからではないか。思い起こしてほしい。北朝鮮はパキスタンと共同して核開発をおこなってきたのだ。98年にすでにパキスタンは通常の核実験に成功している。そのノウハウを北朝鮮が持ってないわけはない。
 いずれにせよ、北朝鮮は核兵器を実用化し、核ミイサルを保有していると考えた方がよい。その標的はいうまでもなく日本である。ノドンではアメリカに届かない。韓国の現政権は事実上北の傀儡政権でしかないので攻撃対象にはならない。友好国の中国やロシアももちろん標的にはならない。
 さて、その日本に北朝鮮が核攻撃を仕掛けたとして、はたして日本はどのような対応が可能だろうか。結論からいえば何もできない。
 北朝鮮が日本を狙う理由が無いではないかという議論は昔は説得力があったが、拉致事件を知った今となっては全く説得力を失っている。われわれから見れば全く非合理とも思える拉致事件を起こす国である。彼らには彼らなりの、われわれには伺いしれない合理性がある。それどころかわれわれにも合理的な理由がある。経済制裁を強化した現在、経済制裁を理由に核攻撃をするかもしれないのだ。たとえば経済制裁のために公民が核攻撃以上に犠牲になったとの理由をつけることもできる。また過去の植民地支配で何百万もの犠牲者を出したことへの報復を理由にするかもしれない。理屈と膏薬はどこにでもくっつくのである。
 それに対して、北がそんな無謀なことをするはずがないと、ミイサル実験も核実験もするはずがないとこれまでの言論の誤りを糊塗とするかのように、外交重視を呼びかける評論家先生がテレビには多い。なぜなら北が核攻撃をしたら、その時北の体制は崩壊するというのが彼らの能天気な解説である。では北が核兵器を日本に撃ったら、なぜ北朝鮮は崩壊するのだろうか。具体的な説明はない。ただし、推測するに北が核兵器を使ったら、米軍が報復攻撃をすることを暗黙の前提にしている。日頃日米同盟に反対し、反米的言辞を弄する輩ほど、何故か米軍の報復攻撃をあてにしているようだ。しかし、米軍が果たして報復攻撃するだろうか。というよりも、日本国民は米軍に報復攻撃を要請するのだろうか。
 米軍の報復攻撃は自動的に行われるのではない。報復攻撃は通常兵器による報復なのか、核兵器による報復かによっても米軍や日本政府の対応は異なる。通常兵器による攻撃の場合には、在日米軍基地から攻撃機を発進させることになる。その場合には事前協議の対象となり、日本政府との協議が必要である。核攻撃の場合には、米本土から核ミサイルを発射しなければならない。冷戦後全ての核弾頭は本土に保管されているからである。米政府が本土から日本のために核攻撃をするだろうか。いずれにせよ、報復攻撃には予想外に時間がかかる。
 ある日北朝鮮から突然ノドンミサイルが飛来し、たとえば最も皮肉にも広島、長崎が再び原爆に見舞われ壊滅状態になった。日本の経済力を残しつつ、核攻撃に対する日本国民のアレルギーを最大限引き出すには広島、長崎への攻撃が最も相応しい。
 さて、その時日本政府はどうするのだろうか。むし危惧されるのは日本政府の対応よりも、日本国民の対応である。国民が本当に北朝鮮に対する報復攻撃を米軍に要請するだろうか。広島、長崎の市民は、米軍に核による報復を依頼するのだろうか。それこそ原爆反対の精神にも平和憲法の精神にも反する。朝日新聞はその時、はたして社説に報復攻撃をせよと論陣をはるだろうか。北朝鮮公民もまた金体制の犠牲者ではないか。これ以上犠牲者を増やすべきではないとの世論が出るのではないか。
 憲法9条を世界遺産にと意気込む太田光は核であれ通常兵器であれ米軍に報復してくれと頼むのだろう。日本と関わりなく米軍が報復攻撃するときに、平和主義者は米軍に北朝鮮攻撃をするなといって、在日米軍基地にデモをするのだろう。社民党の福嶋党首は断固攻撃反対を叫ぶのだろう。平和憲法を守るには、たとえ何十万、何百万もの犠牲者がでたとしても、アーミッシュのようにひたすら耐えるのである。
 広島、長崎が再び核被害を受けたとしても、冷徹な国際政治においては北の体制崩壊を望まない中国、ロシア、本音ではザマアミロとを思うであろう韓国は核実験の時と同じように表向きは激しく北を非難しながらも、裏では北の体制を擁護するであろう。日本は第2次世界大戦の時と同じように「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」、日朝平和条約を締結し植民地支配の精算を名目に莫大な経済援助をむしり採られるのである。
 北の核実験は日本の没落の第一歩である。われわれは北の核ミサイルが飛んできた時、平和憲法を唱えながら、この世から消えるのである。そして平和に殉じた気高い、しかし愚かな文明として歴史にその名を残すのみである。

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