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May 14, 2007

「安全保障協力に関する日豪共同宣言」

「安全保障協力に関する日豪共同宣言」について以下のような概要の記事を今週号発売の『週刊エコノミスト』(5月22日号)に寄稿した。関心の向きは是非、ご購入の上ご一読いただきたい。
 「3月13日、安倍晋三首相とジョン・ハワードオーストラリア首相が東京で「安全保障協力に関する日豪共同宣言」に調印した。従来日豪は日米安保条約、米豪のアンザス条約(ニュージーランド事実上脱退)では米国をハブとしてハブとスポークの二国間関係で間接的に連携していた。しかし、今回の共同宣言によって日豪両国が直接結びつき、日米豪の三角の多国間安全保障体制が誕生した。これは、特定の敵を想定しない地域集団安全保障体制となるのか、それとも特定の敵を想定した集団防衛体制となるのかは、今回の「安全保障協力に関する日豪共同宣言」は日本の国家戦略の大転換の一歩となるだろう」。
 「安全保障協力に関する日豪共同宣言」とともに安倍首相の集団的自衛権の見直し、憲法改正の動きは、日本の国家戦略の大転換の兆しかもしれない。

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May 09, 2007

核の傘は開かない

 ブッシュ政権は、これが大国の外交かと思わせるほど、威信も威厳もかなぐりすてたような無様な対北朝鮮外交をしている。これまで多くの銀行が対北朝鮮への送金を渋っているために、ブッシュ政権は特例を設けて米国の金融機関を通じて北に送金することまで検討しているという。これではまるで泥棒に追い銭ではないか。お膝元のワシントン・ポスト紙もこれには呆れ果て、社説でブッシュ政権を厳しく批判している。要するに、いかに米国といえどももはや、いかなる国の核兵器の保有も止められないということだ。北に核兵器を放棄してもらうために、米国はいかなる要求も飲みかねない。北はそんな米国の足元を完全に見透かしている。今や北が米国を完全にコントロールしている。
 そのような米国に、日本は「核の傘」を頼っている。しかし、この期に及んでまだ「核の傘」が開くなどと信ずるほどのお人好しはまさかいまい。別に現在のような状況でなくても、米国の「核の傘」は開かない。状況は冷戦時代とは様変わりしたのだ。冷戦時代の「核の傘」の論理が今も通用するなどと考える方がおかしい。
 なぜ「核の傘」が開かないかは、「平和・安全保障研究所(RIPS)http://www.rips.or.jp」のホームページに掲載した愚生のRIP's NEWS(「核の傘」は開くか)をご笑覧いただきたい。ブッシュ政権のレイム・ダック化が急激に進み、同政権を見限る政府高官が続出しているという。イラク戦争はブッシュ政権の自爆テロだったのかもしれない。

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May 04, 2007

憲法論議の空理空論

 毎年、毎年、5月になると改憲、護憲をめぐる論議が盛り上がる。といっても年中行事のようになってしまって、盛り上がるのは一部マスコミだけかもしれない。
 ところで憲法論議では改憲派も護憲派も間違えていることがある。それは、憲法9条を変えると改憲派は日本が立ちどころに自主独立できるかのような錯覚に陥り、他方護憲派は日本が一気に戦争に参加するかのような危惧を抱く。どちらも大いなる誤解だ。
 第1に、そもそも、両者の誤解の根本は憲法が想定している紛争の概念がもはや現在ではほとんど通用しなくなっていることにある。つまり憲法が前提にしていた当時の国際紛争とは、国家と国家のいわゆる古典的な「旧い戦争」である。現在国際社会で問題になっているのは、古典的な概念で言えば内戦である。グローバル化の結果内戦の国際化が起こり、それにどのように対処するかが問われているのである。もちろん、いまだに例外的にではあるが国家間戦争はあり、その可能性は完全に否定はできない。しかし、大半は内戦であり、今後はますますアフガニスタンやイラク戦争のように内戦の国際化が常態化するだろう。こうした「対テロ戦争」も含めて「新しい戦争」を60年前の憲法は想定していない。
 第2に、仮に憲法9条を改正し、自衛隊を容認し、集団的自衛権を認めたとして、それで直ちに日本が戦争ができる国になるということはない。なにしろ戦後一貫して戦争のできない国家体制を作り上げてきた結果、国内法、政令、条例等が戦争に対応していない。憲法を改正する以上に、政府からはじまって地方自治体に至るまで国内法、政令、条例の見直しが必要になる。こうした細部に渡る法体系の変更があってはじめて憲法改正が現実のものとなる。したがって、憲法改正すれば、たちどころに状況が一変するなどということはない。いや、そうではなく、自主独立の国民の精神が生まれる、という声が聞こえてきそうだ。しかし、それこそ大いなる幻想だ。
 つまり第3の問題として、これが最も問題だと思うが、そもそも国民の中に戦う意志のある者がどれほどいるだろうか。いざとなったら銃を持って戦うという国民に気概がなければ、改憲したところで憲法9条は画餅にすぎない。そんなことはない。日本人はいざとなったら戦う、と改憲派は期待し、護憲派は危惧する。しかし、日本人が国民として対外戦争に初めて参加したのは1894年の日清戦争がはじめてである。それから約50年間で日本はいくつかの対外戦争を体験したものの、その後今日にいたるまで60年以上もの間、一切戦わない国家となったのである。日本国民は戦いの歴史よりも、不戦の歴史のほうが長い。実際に戦闘経験のある世代はほとんど鬼籍に入り、戦争は歴史になってしまった。第2次世界大戦を戦った国で、戦後一切の戦闘経験がない国は日本しかない。それだけ不戦の精神は国民の間に深く根ざしている。もはや日本人は戦えない国民となったと考えた方がよい。明治期のように国家の存亡がかかるような緊迫した国際情勢にならない限り、あるいは三国干渉のように国民が国家的屈辱と感ずるようなできごとでもない限り、不戦の国民精神が変わる可能性はない。仮にこうした事態が起こったとしても、また仮に北朝鮮から核攻撃を受けたとしても、なお日本国民は不戦を貫くと私は「確信」している。
 RMAが進み戦いの技術が高度化したために、戦闘は一部の専門家にしかできない仕事になってしまった。徴兵制を危惧する向きもあるが、体力だけが取り柄ですというバカをいくら集めても戦闘はできない。志願制にしても、欧米のように優秀な者は民間軍事会社に高給で雇われる時代が来る。だから万一日本が戦えるとしても、自衛隊が高度の職業専門集団と化し、ナショナリズムといった情念ではなく、与えられた仕事を遂行するという職業倫理によってのみ自衛官が戦う時である。
 こう思いを巡らせると、こう結論せざるをえない。改憲派、護憲派の議論は、悲しいまでに空理空論である、と。

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May 01, 2007

非暴力主義に基づく日本の核武装

 1955年、核兵器の廃絶を訴える「バートランド・ラッセル宣言」を世界に向かって出したラッセル・アインシュタインとアルベルト・アインシュタインはともに一時期、核兵器を支持していたことはあまりにも有名である。アインシュタインはルーズベルトに核兵器開発を求める手紙を送り、それが契機となって米国は核兵器開発のマンハッタン計画を開始する。他方ラッセルもスターリン治世下のソ連に核兵器を持たせるべきではないとの信念から米国の核兵器独占を支持したことがある。二人の行動の意味することは、核兵器を絶対視せず、状況に応じては核兵器の威嚇や使用も認めるということではないのか。内村鑑三が日清戦争を義戦として支持し、その後日露戦争以降絶対非戦論を主張した際、その変節を非難された時に、内村はこう答えたという。「知者は変ず」。まさに洋の東西を問わず、「知者は変ず」である。
 冷戦時代に核兵器が国際政治にはたした役割と冷戦後のそれとは全く異なる。冷戦時代の核兵器は、国際システムそのものを維持あるいは変革する役割を負っていた。しかし、冷戦後の核兵器は小国やひょっとするとテロ組織が大国に対抗するための手段と化した。つまり通常兵器の延長線上に核兵器が位置づけられてしまったのである。このことの意味は、核兵器が単独で地域的に使用される可能性がでてきたということである。この文脈から、米ソの核兵器は確証破壊戦略に基づいて体系的に、核兵器庫が空になるまで発射されることになっていた冷戦時代の状況と現在の核兵器が置かれた状況とは全く異なる。
 核兵器が地域に限定され,したがって国際政治に与える影響も限定されるという状況の変化を知り道理を弁えた者なら、まさに「知者は変ず」ということがあってもよいのではないか。非暴力主義のガンジーでさえも、第1次世界大戦では植民地本国のイギリスに加担して、インド青年に参戦を呼びかけた。ガンジーの目的は唯一つインドの独立にあった。イギリスに協力してもインドの独立がかなわないとなると、一転してガンジーは非暴力主義を主張し、ついにはインドの独立を勝ち取った。
 さて「知者は変じ」たとして、どのように変ずべきか。臆面もなく私も「知者」の一員にしてもらえるなら、ガンジーの非暴力主義を実践するためにも私は日本の自主核武装を主張する。非暴力主義と自主核武装は全く矛盾するようだが、そうではない。非暴力主義の真髄は「誰をも殺さない」と同時に「誰にも殺させない」ことにある。つまり自分が相手を殺さないことはもちろん、相手にも自分を殺させないことで、はじめて自分も相手も非暴力主義が実践できるのである。
 相手を倫理的に説得し、暴力を放棄させることが最上の策である。しかし、それが難しいとき、次善の策として相手に「自分を殺させない」手だてを講ずるべきである。その方が、何もしないで相手に自分を殺させるよりも非暴力主義の倫理にはかなっている。具体的には北朝鮮に日本に対して核兵器を使用させない方法をとることがなによりも重要である。その手段は今のところ日本の自主核武装しかない。機会をあらためて論ずるが、米国の核の傘はもはや開かないからである。日本が核武装することは好戦主義でも軍国主義でもない。むしろ正反対である。日本の平和主義を守り非暴力主義を実践するための必要不可欠な手段である。ラッセルやアインシュタインがかつて核兵器を支持したひそみにならって、非暴力主義の立場から私は自主核武装を主張する。

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米朝国交回復と自主核武装宣言

 ブッシュ政権は北朝鮮との国交回復に向けて着々と手を打っているようだ。米国務省が発表した06年度の『テロ白書』に北朝鮮拉致の記述が半分ほどの長さになった。これに先だって日米首脳会談が開かれた同じ26日に、同会談にぶつけるかのように北朝鮮がミャンマーと24年ぶりに国交を回復した。83年に北朝鮮がラングーンでおこした韓国閣僚に対する爆弾テロ事件でミャンマーは北朝鮮と国交を断絶していた。このミャンマーでのテロを含めて米国は北朝鮮をテロ国家のリストに加えていた。国交を回復したことは、北朝鮮がテロ事件を認め、米国にテロ国家リストからはずしてもらいたいとのシグナルだろう。むしろ米国が北朝鮮に国交回復をうながしたのかもしれない。今国交を結びたいのは北朝鮮よりも米国だからだ。北朝鮮をテロ国家から外したいのは、むしろアメリカだろう。
 アメリカの狙いは北朝鮮と国交を回復し、その上で一刻でも早く北の核兵器の拡散を防止しようという狙いだ。つまり核兵器保有を認めたパキスタンのように、米国の勢力下におさめ、その上で核兵器の拡散を管理し、あわよくば朝鮮半島に中国の影響力がこれ以上浸透するのを阻止しようとする目的ではないか。
 ブッシュをはじめライスら米政府関係者が盛んに、北朝鮮のテロ国家解除については拉致問題を考慮するとか、拉致問題は人権問題であるとか、日本政府や国民をなだめることを言っている。しかし、拉致問題の解決なくして指定解除することはないと、明白な約束をかわしているわけではない。米国ではもはや拉致問題は過去のものであり、北朝鮮のテロ国家指定解除に向かって政権はすでに動き出している。また日本でも一部に拉致問題にかかわってばかりで核の拡散問題を放置していいのかという声も高まりつつある。拉致家族会も、偶然ではあろうが、象徴的な存在であった横田滋氏が代表を退く意向を示している。国内外で流れは明らかに拉致問題よりも核問題に傾いている。
 しかし、われわれ大方が期待しているように米国の目的は北に核兵器を放棄させることにあるのではない。米国の目的はあくまでもパキスタンのように核兵器の拡散、特にイランをはじめとする中東諸国への拡散を防ぐことにある。この点ですでに日米の北朝鮮に対する目的は異なる。われわれ北の核兵器の脅威にさらされている日本はあくまでも北の核兵器の完全撤去である。しかし、現実には北が核兵器を放棄することはない。彼らにとって国家の威信を維持、経済を再建する切り札は核兵器しかないからだ。核兵器がなければ北朝鮮はアジアどころか世界でも最貧国の一つにすぎない。
 2012年には在韓米軍の指揮権が韓国に委譲される。それは米朝国交回復が前提になっていると考えた方がよい。つまり、指揮権移譲の前に、すなわち早ければ今年、遅くとも2012年までに米朝の国交が回復するだろう。それを受けて南北朝鮮の統一が動き出すだろう。そうなれば在韓米軍は全面撤退し、あわせて沖縄からも米海兵隊はグァムへと部分撤退する。かつての米中国交正常化宣言の時のように、米朝国交回復は日本の頭越しで行われる可能性は否定できない。核付き統一朝鮮の誕生、仮に統一しなくても米朝国交回復によって、いまでも開かない米国の核の傘は、開かないどころかなくなってしまうだろう。米朝国交回復の時こそ日本が自主核武装を宣言するときだ。 

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