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May 30, 2009

北朝鮮の核兵器阻止は不可能

 5月25日北朝鮮はアメリカのメモリアル・デーに合わせるかのように二度目の核実験を強行した。今日(5月30日)、国連の制裁決議を牽制するかのように、金正日政権は再度ミサイル実験を実施する兆候を見せ始めた。まさに北朝鮮と国際社会とのチキン・ゲームが始まった。ところで北朝鮮は誰とチキン・ゲームをしているのだろうか。
 北朝鮮は核兵器を振り回しながら、一体何を求めているのだろうか。アメリカとの平和条約なのか。アメリカとの平和条約を締結し、金正日体制維持の保証をとりつけることだとよく言われる。では、それに対してアメリカはどのような政策を望んでいるのだろうか。何よりも北の核兵器の放棄であるというのが通説である。では、ここで冷静に考えてみよう。北朝鮮が核兵器を保有することでアメリカの国益にどのような影響があるのだろうか。実は、直接的な影響はほとんどない。それこそが、日米の間で北朝鮮をめぐって国益の非対称性を生み、日米同盟が揺るぎかねない状況を創り出しているのである。
 北朝鮮が核兵器を保有しても、米本土に届く長距離ミサイルがなければアメリカにとって直接的な脅威とはならない。では、なぜアメリカが北朝鮮の核兵器保有に反対するのか。それはNPT体制すなわち5大国による核独占体制が崩壊し、核拡散が始まるからというのが次の理由。しかし、NPT体制の崩壊というのならアメリカだけでなく、中国、ロシア、そして英、仏も少なくともアメリカと同じ程に反対してもよさそうだが、中国、ロシアも宥和的であり、英、仏に至っては国連安保理以外では関心すら寄せていないように思える。仮に北朝鮮の核兵器を廃棄させたとしても、NPT体制はインド、パキスタンそしてイスラエルがすでに保有している現状では、破綻したに等しい。アメリカにとって、北朝鮮の核保有は望ましくはないが、米国の国益に直接影響を与える問題でないことがわかる。だからこそ1995年の第1次朝鮮半島危機以来、米国は紆余曲折はあるものの北朝鮮の核保有には宥和的だったのだ。結局のところアメリカは北朝鮮が仮に核を保有したとしても米中によって統制できるとたかをくくっているのではないだろうか。
 他方、北朝鮮は核兵器を保有する限り、その軍事的影響力を政治的影響力に変えることができる。冷戦時代北朝鮮はその地理的位置からロシアや中国にとって米国が大陸へ進出する際の防波堤としての役割を負っていた。しかし、冷戦の終焉とともに、地政学的な価値は暴落してしまった。もはや地政学的価値を利用して政治的影響力に変換することができなくなったのである。北朝鮮はせかいでも最貧国の一つになってしまった。金正日政権が体制を記事しながら韓国に伍して発展するために残された手段はただ一つ、軍事力を政治力に変換して生き残りを図る以外にない。しかし、湾岸戦争で明らかになったように旧式の大規模軍隊では脱近代戦では全く戦えない。だからといって北朝鮮にはRMA型の近代軍を整備する経済力は全くない。残された道は経済的、合理的な方法は核兵器開発だけである。北朝鮮の国家戦略は正しかった。
 経済力も軍事力も劣る発展途上国が手っとり早く政治力を獲得する唯一の方法は核兵器である。北朝鮮にはそのモデルがあった。それは中国である。中国が核兵器開発を目指した50年代末から60年代にかけて中国は今の北朝鮮なみに貧しい発展途上国でしかなかった。毛沢東は経済的発展を後回しにしてでも核開発を優先し、そして1964年ついに核保有国となった。核兵器保有後、中国は核兵器を政治力に変えて、核大国として国際社会でその政治力を遺憾なく発揮したのである。やがて中国は国連に常任理事国として復帰し、米中は国交を回復し、それにあわせて日本も日中国交回復に踏み切った。その後中国は国内混乱で経済発展がおくれたものの、90年代から一気に経済発展を加速させ、今ではGDP世界第3位の経済大国そして核保有国として君臨している。明らかに北朝鮮は中国をモデルにしている。だから北朝鮮にとっては核兵器は絶対に手放せない。国際社会は核保有国としての北朝鮮に否応なく向き合わざるを得ない。
 こうしてみると、軍事力で北朝鮮を崩壊させる以外にもははやいかなる手段を講じても北に核兵器を放棄させることはできない。また核開発を止めることもできない。北は絶対に核兵器を手放さない。日本はこの東アジアにおける核化の現状を前提にして、これいかに対処すべきかを考えなければならない。具体的には、以前ブログにも書いたように日本は「脱兵器化核武装」戦略をとり、それを政治的梃子に少なくとも東アジアの脱核兵器化による核軍縮を実現させていかなければならない。

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May 29, 2009

日本のコスタリカ化

 コスタリカは軍隊の無い国として一部の人々の間では熱狂的な支持を受けている国である。常備軍はないものの一般には準軍事組織とみなされる市民警備隊4400人が存在している。非武装を国是としているわけではなく、集団的自衛権を否定しているわけでもない。緊急時にはあらためて軍隊を創設し、米州機構や国連の集団安全保障による国家防衛を想定している。これはカントが主張した、常備軍を排し、民兵組織による防衛構想に近い安全保障体制である。その意味で集団的自衛権を否定し、非武装、非暴力を求める憲法9条とは根本の平和思想において大きな違いがある。
 また人口はわずか450万人で国土面積も九州と四国をあわせたほどの広さの小国である。さらに南北をパナマとニカラグアにはさまれ、東西は太平洋とカリブ海に囲まれ、一人当たりのGDPも5千ドル程度の発展途上国である。コスタリカが常備軍を廃止したからといって国際安全保障はもちろん地域の安全保障にもさほど影響はない。市民警備隊の4400人や国境警備隊で常備軍に十分代替できる(数字はいずれも2007年度。外務省ホームページと『ミリタリー・バランス』より)。
 さて日本はコスタリカのように国際政治においても地域政治においても影響力を失い、事実上平和憲法が目指すような状況、すなわちコスタリカ化しつつあるのではないか。コスタリカが常備軍の廃止を憲法で決定したのは1948年である。その後は国境警備隊、市民警備隊、地方警備隊からなる警察で国内の治安および国境警備にあたっていた。この過程は日本と似通っている。戦後1946年の新憲法で軍隊を廃棄する一方、国内の治安のための警察予備隊や領海警備の海上警備隊が創設されている。コスタリカと異なるのは、日本はその後朝鮮戦争の勃発、冷戦の激化など国際情勢の変化とともに警察力の一部であった部隊を自衛隊として実質的に軍事組織化していったことである。逆にいうと国際情勢の変化とともに自衛隊が再び警察力の一部に成る可能性を秘めているということである。そして実質的にはコスタリカのように国際政治にも地域政治にもあまり影響を与えることのない小国となって、平和憲法を謳歌する時代がくるかもしれない。朝鮮戦争の勃発が自衛隊誕生の契機になったとすれば、北朝鮮の核実験こそが自衛隊の無力化と平和憲法の実体化の狼煙となるのではないか。
 そもそも改憲派、護憲派いずれであれ、憲法を論議する際の暗黙の前提がある。それは日本が大国だという錯覚である。護憲派は日本が大国だから、ちょっと気を許せば戦前のように再び軍事大国化すると懸念している。一方改憲派は、大国にふさわしい軍事力をもち国際政治に影響力を発揮したいと妄想している。
 さて冷静に考えてみよう。19世紀アジア諸国が近代化を始めて以来、日本は一貫してアジアの大国であり続けてきた。戦後の混乱期でさえ中国や朝鮮も内戦で混乱し、日本が相対的に国力では優位に立ち、大国の地位を維持していた。だから、日本が再び軍事大国化すればアジア地域の平和と安定に大きな脅威となるとの懸念にはそれなりの理由があった。
 しかし、今日の情勢をみてみよう。日本の国内総生産は米国に次いで2位(ただし個人では米国15位、日本は23位)である。一方、発展途上国であった中国が今や第3位である。ちなみにコスタリカは82~3位である(ウイキの国際通貨基金、世界銀行、CIA統計による)。軍事力をみれば、中国と北朝鮮が核を保有し、自衛隊と比較すれば、圧倒的に軍事的優位を占めている。また中国は90年代から軍事の近代化を始め、今世紀になって一層近代化の速度を速めている。最新鋭の戦闘機の導入をはじめ空母の建造にまで着手している。数年もしない内に、通常戦力でも日本の自衛隊は中国軍の後塵を排することは間違いない。そして今また核兵器を保有した北朝鮮よりも軍事力においては劣勢に立たされている。明治以来日本ははじめてアジアにおける盟主の座を中国に明け渡そうとしている。つまりもはや改憲派、護憲派が前提としている日本大国論は幻影にしかすぎなくなった。
 現在まだ日本外交がかろうじて国際政治と関わることができるのは、米国との同盟関係があるからである。米軍の軍事力を梃子に外交力を維持しているにすぎない。しかし、その日米同盟関係がもはやあてにできなくなりつつある。米国は日本から中国へと政策の重点を移しつつある。また北朝鮮の核保有も事実上認めつつある。北朝鮮の核兵器が米国にとっては何ら脅威ではないこと、また中国が北朝鮮を支配している限り、中国との関係を良好に維持すれば、北朝鮮を間接的にコントロールできると考えているからであろう。クリントン国務長官がいくら日本の重要性を強調しても、冷戦時代と比べれば米国にとって明らかに日本の政治的、軍事的そして経済的重要性は低下している。
 このままでは日本は米中関係の中に埋没していき、恐らく将来は中国の支配下や核付き統一朝鮮の風下に立たされることになるだろう。それこそまさに日本のコスタリカ化である。その時、日本が平和憲法を持とうが持つまいが、コスタリカのように国境警備隊化した自衛隊のみの事実上の非武装国家となるだろう。護憲派の懸念は杞憂にしかすぎない。平和憲法の精神は日本がコスタリカのように小国化することで十分に達成できる。石橋湛山の小国主義が実現する日は近い。 

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May 28, 2009

検疫制度は即刻廃止せよ

 今日午後のテレビニュースで、下記のような報道があった。以下引用はYOMIURI ONLINE「木村氏は、政府の当初対策が機内検疫による「水際対策」に偏りすぎたとし、『マスクをつけて検疫官が飛び回っている姿は国民にパフォーマンス的な共感を呼ぶ。そういうことに利用されたのではないかと疑っている』と述べた。さらに、『厚労省の医系技官の中で、十分な議論や情報収集がされないまま検疫偏重になったと思う』と強調した」。
 このニュースを知り、まず驚き、そしてあきれ、最後に納得した。国会でここまではっきりと政府の対策を現役の検疫官が否定したことに驚き、そしてそんなに効果がないと思うのなら多少は手抜きをすればよかったではないかとあきれ、そして国内感染の拡大を見てやっぱり検疫では防げないと納得した。
 今回の豚インフルエンザでの結論である。意味のない検疫制度は即刻廃止し、検疫所は閉鎖し検疫官も配置転換すべきである。
 実は、私は4月29日のNW19便で米国ミネアポリスから帰国し、機内検疫では最長の3時間も機内に閉じ込められたのである。その時は我慢していたが、いまさらあれは無駄で、単なるパフォーマンスであったなどといわれては、あの苦痛は何だったのかと怒りを通り越して笑うしかない。
 たまたま私の隣の米国人の若い女性が花粉症のアレルギーで鼻水が出ると質問書に記載したために大騒ぎになった。私も含め、彼女の周りにいた、ボーイング747の最後尾付近の乗客30~40人が赤いシールを肩に貼られ、外に出られないように、制服、私服の数人の警察官に取り囲まれた。検疫官が彼女に片言の英語で質問するのだが、なかなか通じない。彼女は繰り返しアレルギーというのだが、アレルギーが検疫官には聞き取れない。たまらず「アレルギーだそうですよ」と私が伝えた。後はなぜか私に通訳を頼むかのように彼女に日本語で話しかけた。鼻水が出るか、咳は出るか、熱はあるかと簡単な質問をした。それで終わるのかと思ったら、彼女は簡易検査に連れて行かれた。それまでに既に2時間以上時間をとられ、乗り継ぎ便は皆出発し、外国人乗客の多くが途方にくれていた。検疫官ももう少し英語ができるかと思っていたら、中学生レベルといっても良いくらいひどかった。問診できる程度の英語力があれば、無駄な簡易検査などしなくてすんだだろうに。ましてや検疫官自身が検疫が無駄だとわかっていたのなら、それこそパフォーマンスだけにして簡易検査など止めて欲しかった。
 検査の結果米国人は陰性とわかり、3時間ぶりに解放された。陽性だったらわれわれは1週間の停留のところだった。実際停留措置を受けた人は、単なるパフォーマンスのために大変な苦痛を強いられたのだ。
 そもそも検疫など必要なのだろうか。水際検疫はたとえトリインフルエンザでも役に立たないというではないか。水際検疫など止めて、国内の検疫体制を強化してはどうか。実際今回の機内検疫の体験でも検疫官の語学のおそまつさには驚いた。国会で証言した検疫官が水際検疫は役に立たないといったことは全くその通りだ。またいつも不思議におもっていたのだか、普段でも検疫というのは役にたっているのだろうか。そもそも多くの人が検疫が嫉視されていることを知っているのだろうか。入国審査の前に検疫諸があるが、係官がいた試しはない。アフリカから帰国した時だけ係官がいて問診票を回収していた。今回もそれで十分ではなかったのか。搭乗客の追跡調査など、航空会社の乗客リストで容易にわかるはずだ。国内検疫なら乗客の住所さえわかれば十分であろう。ならば空港での検疫など全く不要である。
 現職の検疫官が水際検疫を不要といっている以上、舛添厚生労働大臣は即刻検疫制度などやめて、検疫所を廃止し、検疫官を動物検疫や植物検疫に配置転換してはどうか。


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北朝鮮の再核実験

 北朝鮮が再び核実験を行った。今回の爆発規模は推定5~20㌔トン(韓国国防省)から2~4㌔トン(ヘッカー米フタンフォード大学教授)まで相当な幅がある。数㌔トンだとすれば、爆発規模が小さいから爆縮技術が未完成で十分な核分裂が起きなかったとして失敗とみる(同教授)か、それとも前回の1㌔トン未満の爆発も含めて「制御技術」のさらなる向上とみるか(田岡俊次)、意見の分かれるところである。私は、最悪に備えるという危機管理の視点からみて、後者の田岡説をとる。実験直後の朝鮮中央通信は、「~爆発力と操縦技術において新たな高い段階で安全に実施し、~」(asahi.com)と「爆発力」に続けてわざわざ「操縦技術」という文言を入れている。深読みかも知れないが、「操縦技術」とは核爆発力の制御技術ではないだろうか。もし、そうだとすれば、北朝鮮は核爆発の出力の制御技術を持っており、すなわち核兵器の小型化技術をすでに獲得したことになる。
 田岡氏は、前回の核実験の際に北朝鮮が4㌔トンの核実験を行うと中国に事前通告したことを重視している。4㌔トンという出力を事前通告できるということは、すでに出力制御の技術を入手していたことになる。ただし、制御しすぎたために予想通りに出力を制御できずに1㌔トン未満の爆発に終わったというのが田岡氏の見立てである。したがって、今回は朝鮮中央通信の報道を信ずるなら、たとえ爆発出力が数㌔トンであったとしても、それは完全に出力制御に成功した上での数字ということになり、核兵器の小型化の技術が完成したとみるべきであろう。むしろ20㌔トンであったほうが、まだ安心できる。20㌔トンなら爆縮技術が完成したという基礎的レベルで、これから小型化の実験が必要ということになるからである。
 仮に北朝鮮がすでに小型化の技術を獲得していたとするなら、北朝鮮はそれ以前に必要な基礎的な爆縮の技術はどのようにして獲得したのだろうか。以前このブログでも紹介したが、恐らく、それはパキスタンから入手したのではないか。北朝鮮の核開発は、パキスタンやイランとの共同開発と考えるべきであろう。北朝鮮はノドンのミサイル技術をパキスタンに、一方パキスタンは核技術を北朝鮮にと、相互に浩瀚し、両国で核ミサイルを開発したとみるべきである。だから北朝鮮の核ミサイルはパキスタンと同程度と考えるのが妥当であろう。と、すると北朝鮮の核ミサイル技術は最悪、パキスタン程度と覚悟しておく必要がある。つまり、自衛隊は事実上対抗手段がないということである。
 憲法上の問題はさておいたとしてても、発射前の敵地攻撃は現在の日本の航空自衛隊の能力ではまず無理である。ノドンでは発射から日本に着弾するまでの時間は10数分である。ノドンの発射システムは車両による移動式であるため、発見が難しい。また液体燃料ではあるが、常温保存ができ、また注入後1週間から数ヶ月は燃料の劣化や燃料タンクの腐食は防げるようだ。さらに中距離ミサイルで燃料が比較的少ないために、短時間で注入ができる。その意味で運用性が高く、ミサイルそのものを発射前に発見、攻撃することは困難である。
 発見するには常時監視体制をとらなければならない。しかし、日本には偵察衛星、偵察機を含め24時間常時偵察、監視する能力はない。仮に米軍との協力で発見したとしても十分な対地攻撃能力はない。現在対地攻撃能力を持つ航空自衛隊の攻撃機はF2とF4である。現在のF15Jの対地攻撃能力はきわめて限定されている。たとえミイサルを発見して緊急発信しても北朝鮮まで3~40分はかかる。帰投時には空中給油を受ける必要がある。湾岸戦争の際に米、英空軍がイラクのスカッド部隊を発見攻撃するのがきわめてむずかしかったことう考えると、日本の対攻撃能力にはあまり期待できない。また巡航ミサイルや対地ミサイルの案も出ているようだが、ミサイルは固定目標には有効であっても、移動する目標の攻撃には向かない。
 要するに、日本は北朝鮮のノドンミサイルに全くといってよいくらい対抗手段はない。湾岸戦争の際に、米軍がスカッドにいかに手こずったかを考えれば。イラクのスカッドは通常弾頭だったから仮に迎撃しそこなっても被害は限定的であった。しかし、ノドンには核をはじめ化学弾頭も搭載できる。ノドンは日本にとって、すぐ底にある脅威である。

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May 25, 2009

原案力と国際政治

『週間朝日』連載の中森明夫「アタシジャーナル」(128回)5月29日号に、「原案力コンテストを開催します!」のコラムがあった。中森は「原案」をこう説明する。「たとえば小説を映画化した時、元の物語は『原作』と呼ばれる。だが、物語それ自体にも元になるものがあるのではないか?・・・」。『バトル・ロワイアル』は「皆殺しの授業」、『ウォーターボーイズ』は「男子高校生のシンクロナイズドスイミングの物語」と一言でいえる。「この一言こそが『原案』なのである」。そしてこの一言から、小説、映画、漫画などさまざまな媒体で、次々と作品が増殖するのである。
 この原案という概念を知って、同じことが政治にも言えることに気がついた。政治は物語である。たとえばクラウゼヴィッツは戦争を他の手段による政治の継続という物語にした。またモーゲンソーは国際政治を国家間の権力闘争という壮大な物語として語った。その続編として冷戦時代は米ソの双極体系という物語が描かれた。ではこうした物語の「原案」は何だろうか。それは、間違いなく、ホッブズである。
 ホッブズは「自然状態における万人の万人に対する闘争」という原案をつくった。政治に関わる物語は全て、この原案から出発する。たとえばアダム・スミス『国富論』、マルサス『人口論』、カント『永遠平和のために』、マルクス『資本論』などなど、政治に関わるさまざまな物語がこれまで数限りなく生み出されてきた。ただし、このホッブズの原案も聖書という物語の派生でしかない。つまりアダムとイブがエデンの園を追放された後の物語をホッブズは自然状態として描き出したにすぎないからだ。
 21世紀の今日、「大きな物語」が失われた時代と言われる。失われた物語は、「米ソ双極体系」なのか、それとも「国家間の権力闘争」なのか、あるいは「万人の万人に対する闘争」なのか、はたまた聖書の物語なのか。物語の再生にはそれぞれ政治家、政治学者、哲学者そして宗教家の原案力が必要だ。

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May 23, 2009

テレビマンユニオンAD失格の青春➀

 一月前、小林信彦が週刊文春に連載していたエッセイに今野勉の『テレビの青春』の紹介があったので早速買い求めた。テレビの青春ではなく、テレビマンユニオンでADのアルバイトをしていた私の青春が思い出され、フロリダ出張中に一気に読了した。
 ちなみにフロリダに行ったのは、私が顧問をしている桜美林大学チアダンス部「クリーム」の世界大会参加の随行である。結果は昨年同様に2位だった。詳細は「クリーム」のホームページを見ていただきたい。今年も1位の米国チーム「ペース」との差はさらに縮まり、来年こそは1位をめざして頑張りたい。
 さて『テレビの青春』を読んで、テレビマンユニオン発足当時のことがはっきりとわかった。短い期間とはいえ、私がすばらしい組織や人々との中で働いていたことがわかり、あらためて感動した。
 私がテレビマンユニオンでアルバイトADをしていたのは1973年秋から1974年春までの約半年間である。まさにテレビマンユニオンの誕生間もない頃である。「遠くへいきたい」のADとして岡山(出演者:佐藤勝)、輪島(渡辺文雄)、萩(渡辺文雄)、伊豆(佐藤英夫)、宮崎(原知佐子)、白川郷(東野英心)、若狭(今野由利)、高千穂(タイトル取り)を担当した。その間、『テレビの青春』に出てくるテレビマンユニオン創立者のほとんどにお目にかかっている。萩本晴彦、今野勉、実相寺昭雄、森健一、坂本良江、一人ひとりをいまでもはっきりと記憶している。もちろん彼らは一介のADの私など全く記憶にはないと思うが。 
 その頃「遠くへ行きたい」を担当していた学生アルバイトは私の他に一橋大学の学生一人だったのではないかと思う。彼はがんばってその後ディレクターになってテレビ界で活躍した。私はADの激務に耐えられず、挫折し、全く道を変えてしまった。しかし、その後もずっと挫折を引きずりながら、プロデューサー(ディレクターではない)になれなかったことにいまだに悔いが残っている。
 これから折を見て、当時のことを思い出しながら、私の「テレビマンユニオンAD失格の青春」を執筆しようと思う。単に想い出をつづるだけでなく、当時のテレビマンユニオンをアルバイトADの目から記録しておこうと思う。もっともテレビマンユニオンにとっては余計なことだとは思うが。

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May 22, 2009

憲法9条と『三酔人経綸問答』②

 憲法を原理、原則、理想の表明という立場からの護憲論がある。たとえば長谷部恭男『憲法と平和を問い直す』(筑摩新書、2004年)や内田樹『9条どうでしょう』(毎日新聞、2006年)などである。これまでの憲法論議は改憲派、護憲派のいずれであれ、憲法9条を道路交通法のような「準則」と考え、現実と憲法との乖離を問題にしてきた。改憲派は現実にあわせて憲法改正を主張し、護憲派は憲法を厳守して現実を変えよと叫ぶ。
 どこかで似たような話しを読んだことある。中江兆民『三酔人経綸問答』である。改憲派、護憲派の論争は東洋豪傑君と洋学紳士君の問答そのままだ。武装を主張する東洋豪傑君、非武装を主張する洋学紳士君の説を南海先生はそれぞれ次のように批判する。
 「紳士君の説は、ヨーロッパの学者がその頭の中で発酵させ、言葉や文字では発表したが、まだ世の中に実現されていないところの、眼もまばゆい思想上の瑞雲のようなもの。豪傑君の説は、昔のすぐれた偉人が、百年、千年に一度、じっさい事業におこなって功名をかち得たことはあるが、今日ではもはや実行し得ない政治的手品です。瑞雲は、未来への吉兆だが、はるかに眺めて楽しむばかり。手品は、過去のめずらしいみものだが、振り返って痛快がるばかり。どちらも現在の役にたつはずのものではありません」(中江兆民、桑原武夫・島田分虔次訳・校注『三酔人経綸問答』岩波文庫、93頁)。
 そして南海先生の意見は、二人にとっては全く期待はずれにも、至極当たり前のものであった。南海先生の言によれば、「国家百年の大計を論ずるばあいには、奇抜を看板にし、新しさを売物にして痛快がるというようなことが、どうしてできましょうか」(109頁)。「外交の方針としては、「平和友好を原則として、国威を傷つけられない限り、高圧的に出たり、武力を振るったりすることを」しない(109頁)。
 これまでの憲法論議は、東洋豪傑君と南海紳士君の「奇抜を看板にし、新しさを売物にして痛快がる」ような論争ではなかったか。長谷部や内田らの議論は、まさに憲法9条を原則、理想としつつ、実際には政治家が責任倫理にしたがって妥協の術としての政治により原則に則って理想を実現できるよう憲法9条を弾力的に解釈、運用するのが一番ということになる。だから「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」との理想を掲げた前文はもちろん、理想としての憲法9条の条文も変える必要はないということになる。
 理想、原則としての憲法9条というのは、ユダヤ教、キリスト教の「汝、殺すなかれ」あるいはジャイナ教、仏教の「非殺生」の教えに似ている。これらはいずれも絶対的な教えではあるが、原則や理想であって、この禁戒を厳密に実践している者など誰一人いない。「汝、殺すなかれ」の教えでは殺してはいけない対象である「汝」の範囲が、人間であり、また同胞であり、また殺人者以外でありと、さまざまに限定を加えながら、現実には多くの「汝」を殺してきた。さもなければユダヤ教もキリスト教もとっくの昔に消滅していたろう。またジャイナ教の「非殺生」の対象も動物であり、また動物でも四つ足の哺乳類とするなど、さまざまな解釈が加えられ、今日ではほとんど守られてはいない。
 護憲派には熱心なキリスト教徒や仏教徒が多い。信仰を基礎にした護憲論は護憲論として尊重すべきである。しかし、そのそれぞれの宗教においてすら、原則は原則として、弾力的に解釈すべきものだとされる。たとえば、ボンヘッファーの事例である。20世紀を代表する高名なルーテル派のドイツの神学者であるボンヘッファーは、ヒトラー暗殺計画に加担し、ドイツ降伏の直前に処刑された。「汝、殺すなかれ」の実践を誰よりも求められる聖職者が暗殺を計画したということをどきように理解すべきか。日本で最も高名なキリスト神学者の一人である宮田光雄聖戦は、ボンヘッファーの行為をこう擁護する。
 暗殺計画加担が問題とされるのは、「ボンヘッファーにおける平和主義と暴力的抵抗とのあいだに矛盾があると考えるからです。しかし、このことは、ボンヘッファーが無時間的な原則主義的倫理につねに反対していたことを思い起こせば、解消するのではないでしょうか。たとえば、テート教授によれば、ボンヘッファーは、『じっさい、最高の諸原則というものを、-それがたとえ平和主義や平和であったとしても、拒否した。むしろ、現在の状況において、何が生ける神の具体的な戒めとして聞かなければならないか、を具体的に問うのである」(宮田光雄『ボンヘッファーとその時代』新教出版社、2007年、379頁)。
護憲派は、ボンヘッファーのように「最高の諸原則」である憲法9条を拒否してでも、「現在の状況において、何が生ける神の具体的な戒めとして聞かなければならない」だろう。だからといって「汝、殺すなかれ」という教えが否定されるのではない。あくまでも教えは教えとして、原理は原理として、原則は原則として高く掲げなければならない。 
 長谷部や内田が主張するように、憲法9条も「汝、殺すなかれ」と同様に原則として理解する限り、改憲する必要はない。拒否すべきは改憲派、護憲派の「無時間的な原則主義的」憲法解釈である。とはいえ、状況に対応した憲法解釈では、解釈次第では、いかようにも解釈が可能となり、事実上無憲法状況に陥って理想をまったく蔑ろにする恐れがある。理想と現実との甚だしい落差は、「汝、殺すなかれ」「非殺生」との教えがありながらキリスト教徒や仏教徒がいかに多くの殺戮を繰り返してきたかを思い起こせば十分であろう。だから、融通無碍、勝手気ままな憲法解釈ができないように何らかの歯止めが必要となる。改憲が必要とすれば、まさに現状の解釈改憲に歯止めを効かすような改憲であろう。

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May 18, 2009

LTTEの降伏

 LTTE(タミル・イーラム解放の虎)がついに降伏宣言をした。政府軍は解放の虎に人質にされていた一般住民も全員を解放したという。昨年末から攻勢を強めた政府軍がじりじりと解放の虎を追い詰めていた。私が滞在した3月末には北東部のラグーンに面した狭い地域に解放の虎を包囲していた。そのときの現地の新聞には虎が片足でかろうじて爪先立っている風刺漫画が掲載されていた。明日にでも降伏するのではないかという状況だった。あれから一ヶ月半もたって、やっと解放の虎が降伏した。
 解放の虎が頑強に武力抵抗を続けたとも思えない。なにしろ海も陸も完全に四周を政府軍に包囲され、補給も絶たれまさに袋のネズミ状態だったからである。一方、政府軍が恐らくは千人に満たない解放の虎に手こずったとも思えない。私が接した限り兵士たちは相当に緊迫感をもって任務にあたっており、解放の虎に比べて士気が低いとも思えない。ではなぜこれほどまでに時間がかかったのか。
 推測するに、人質の盾になっている一般住民に犠牲が出るのを懸念した国際社会の圧力があって、スリランカ政府が軍事攻撃を手控えていたのではないか。四月末には明石康氏がスリランカを訪問、日本政府代表としてスリランカ政府に穏便な解決策をとるよう説得している。丁度そのころ英仏の外相も戦闘地域を視察している。その説得工作が必ずしもうまくいかず、結局明石氏がスリランカを離れた後、政府軍が攻勢をかけはじめた。
 軍事攻勢で積年の紛争に一気に決着をつけようとするラジャパクサ大統領は、一般住民の犠牲を懸念する欧米諸国が今頃口先で介入することに不快感を示していた。それでも一ヶ月半以上スリランカ政府は攻撃を手控えていたとしか思えない。むしろこれ以上包囲戦を続ければ、人質の盾になっていている一般住民に飢えや病気で多くの犠牲が出る可能性があったのではないか。
 包囲された地域に一般住民6万3千人が解放され、国連の推計ではなお5~10万人が取り残されているという。どう考えてもこの数字は過大だ。包囲された狭い地域にあわせて20万人近い人間がいて、それが1000人にも満たない兵士によって監視され脱出もできないなど考えられない。包囲された地域はまともな道路も走っていない海外線の農村地域でとてもこれほど多数の人々が家もなく何ヶ月も暮らせるような場所ではない。実際、滞在中に現地で見たテレビ・ニュースに同地域での戦闘の模様が映し出されていたが、海岸線と林が連なる地域であった。
 仮に、あわせて十数万もの多数の住民が人質になっていたとしたら、どうやって彼らは食料を調達できたのか。スリランカ政府が唯一許可した海上からの赤十字の食料支援だけではとても暮らしていけない。国連は人質の数をわざと誇張し、スリランカ政府に武力攻撃を控えるように国際世論に訴え、圧力をかけようとしたのではないか。もっともスリランカ政府もかたくなに少数の赤十字の職員以外、NGO関係者、外国メディアの戦闘地域への立ち入りを禁止しており、実際どれほどの一般住民が人質になっていたのか実状がまったく把握できない。ただ、私の推測では数万人程度で、ほぼ一般住民は解放されたのではないかと思う。
 欧米は今回の武力解放を非難しているが、スリランカ政府には欧米諸国に対する不信が強いのだと思う。新聞記事を読むと、どちらかといえば欧米諸国は民族自決を求める解放の虎に宥和的と国民の多くが感じているようだ。解放の虎と政府軍との仲介に入ったノルウェーなどは解放の虎よりとみなされている。国外から見れば、民族和解の穏健政策をとらず軍事攻勢によって解決を図ろうとするスリランカ政府は許せない。しかし、国内の多数派シンハラ人からみれば、解放の虎を壊滅させて、これでやっとテロや武力攻撃から解放されて一安心という思いだろう。
 民族問題をどのように解決するのか、単に政府軍の軍事攻勢を非難するだけではすまない。少なくとも国際社会はこの問題を四半世紀にわたって事実上放置してきた。スリランカ政府が、今頃何を言うのだと、反発することも理解できる。皮肉な味方をすれば、人質を巻き込むことでやっと国際社会が目を向けたのである。そして戦闘が終わった今、国連の援助関係者や世界中のNGOが仕事を求めてスリランカに殺到するだろう。その姿はスリランカの人々の目にはどのように映るだろうか。欧米先進国の視点と現地発展途上国の視点のズレが最近ますます大きくなっているような気がする。 

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May 17, 2009

ピースボートの変節

産経新聞2009年5月14日に興味深い記事が載っていた。
「海賊対策のためアフリカ・ソマリア沖に展開中の海上自衛隊の護衛艦が、民間国際交流団体「ピースボート」の船旅の旅客船を護衛したことが13日、分かった。ピースボートは海賊対策での海自派遣に反対しており、主張とのギャップは議論を呼びそうだ。(略)
ピースボートは市民団体による海自派遣反対の共同声明にも名を連ねている。事務局の担当者は『海上保安庁ではなく海自が派遣されているのは残念だが、主張とは別に参加者の安全が第一。(旅行会社が)護衛を依頼した判断を尊重する』と話している。
 ピースボートの変節を非難するのはたやすい。しかし、言行不一致は政治イデオロギーの左右を問わず、また一般社会ではありがちなことである。だれ一人として、ピースボートの変節を非難する資格があるほど言行一致で暮らしている人などないだろう。言行不一致だからといって、ピースボートの海自派遣反対の主張が間違っているということにはならない。殺人犯が殺人は悪であると主張したからといって、「殺人が悪である」という主張そのものが否定されるわけではない。だれが主張しようと殺人が悪であることに変わりはない。
 問題は、「殺人が悪である」と主張することで、あたかも自分が「正義」を実践しているかのように錯覚することである。多くの人が間違うのは、「殺人は悪である」ということを主張することが正義であり、そのように主張している自分は正義の味方だと勘違いすることである。憲法9条を護り、自衛隊に反対し、反戦平和を唱えることで、あたかも自分が正義の味方になったかのように誤解する人がいかに多いことか。ピースボートは常に声高に自衛隊反対、護憲を主張してきた。だからといってピースボートに参加している人々が正義の味方だということにはならない。
 主張することと、自らの実践とはかなりの開きがある。いかに正義を主張しても、現実の生活の中では必ずしもその正義を完全に実践できるわけではない。われわれは現実の生活の中では多くの場合、現実と理想との妥協を重ねながら暮らしている。政治はまさにその典型である。
 ピースボートが間違っているのは、自分たちが正義の味方であり、正義を実践していると思っていることだ。自戒を込めて言う。正義を主張する時には、いつも慎みが必要だ。

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憲法9条と「新しい戦争」➀

 「新しい戦争」と憲法9条をテーマに本を執筆しようと思う。動機は、憲法論争の前提となっている「戦争」が改憲派、護憲派も含め、なによりも憲法9条そのものもが、「旧い戦争」を前提にしていることに強い違和感を常に覚えてきたことにある。国家間の「旧い戦争」を前提にして、いくら憲法論議をしても、眼前の「新しい戦争」に対処はできない。もう時代おくれの議論は止めにして、「新しい戦争」にあった憲法論議をすべき時がきている。
 というわけで、憲法9条を中心に改憲派、護憲派の議論を折に触れて紹介していきたい。まずは、憲法9条がなぜややこしい問題になっているかを少し述べておきたい。憲法9条の改憲、護憲問題は単に憲法解釈問題というわけではない。次のような問題が絡まって、いわゆる憲法に関する問題群を生み出している。
 第1に歴史問題。過去の侵略戦争や植民地支配あるいはいわゆる従軍慰安婦等の日本の負の歴史に対する反省や「良心の疚しさ」の象徴としての憲法9条という視点を提起するのが、この歴史問題である。
 第2に政治問題。憲法9条こそが中国、韓国そしてアジア諸国さらには国際社会に対し日本が平和主義に基づく友好協力関係を維持していく上で何よりも強力な政策であるとの視点である。
 第3に宗教・倫理問題。憲法9条はキリスト教の「汝、殺すなかれ」、仏教の「非殺生」の教えを体現しており、もっとも倫理的に優れた憲法であるとの視点である。
 第4に安全保障問題。厳密には国家の自衛権も、また集団的自衛権を認めない憲法9条では日本の自衛どころか日米間の同盟関係や国連の集団安全保障体制にも原理的には参加できず、国家安全保障に大きな支障をきたしているという問題である。
 1から3はおもに護憲派の主張であり、だから憲法を守るべきだということになる。4は改憲派の主張である。こうした問題意識が憲法解釈の背景にあるために、憲法9条問題が単に憲法解釈問題にとどまらず、政治、宗教、安全保障などさまざまな分野の問題に波及していくのである。もっとも一般に憲法そのものがもともと政治、宗教、安全保障と密接に関わっているが故に、憲法問題を議論しようとすれば、こうした問題群に触れざるを得ない。
 とはいえこうした諸問題を抱える憲法問題を純粋に憲法(解釈ではない)という視点から捉え直し、現状のままで何も問題ないというのが、長谷部恭男『憲法と平和を問い直す』(ちくま新書465、2004年)の議論である。
 長谷部は、そもそも憲法は原理であって準則ではない、という(長谷部、171頁)。準則と原理の違いを、長谷部はこう説明する。「一般に法規範といわれるもののなかには、ある問題に対する答えを一義的に定める準則と、答えをある特定の方向へと導く力として働くにとどまる原理とがある」(171頁)。準則の例として、「駐車禁止であるか否かを定める法は準則」。一方原理の例として、「表現の自由などの憲法上の権利の保障を定める規定」を挙げ、これらの規定は「原理を定めているにとどまる」。というのも、「表現の自由が保障されるからといって、人の名誉やプライバシーを侵害する表現活動にいたるまで、文字どおり『いっさいの』表現の自由が保障されるわけではない」からである。
 長谷部はこう述べた上で、憲法9条は準則ではなく原理であるという立場をとる。一切の武力行使を禁止し、また一切の戦力も持たないという駐車禁止規定のような準則として憲法9条を解釈するのではなく、表現の自由のような原理として、できるかぎり武力を行使しない戦力を持たないという「自己拘束的」な規定としてとらえるべきだ、というのが長谷部の主張である。長谷部は、この方策を「穏和な平和主義」と呼び、第9条を準則として見る護憲、改憲に反対している。
 長谷部によれば、憲法9条を準則としてみれば、とりうる日本の安全保障政策は次のような政策しかないという。つまり自衛隊を廃棄し国家による自衛も否定すれば、日本が侵略された場合には、第1に群民法規やパルチザン戦による侵略群への武装抵抗、第2に非暴力不服従、第3に一切の抵抗をせず侵略・支配を受け入れる「善き生き方」としての絶対平和主義、第4に「世界統一国家による『全世界を覆う警察サービス』を実現する。このいずれもがわれわれが望むような平和をもたらさずかえってパルチザンなどのゲリラ戦ではかえって戦争を激化させ、また不服従であれ、侵略容認であれ、世界警察であれ圧政に苦しむ恐れがあるが故に、現状のままの「穏和な平和主義」でいいのではないかというのが長谷部の主張である。
 憲法9条を準則か原理かという問題に置き換えて議論するのは、言い換えれば、生活の知恵である。私たちは日常生活の中で、準則か原理かなどと小難しいことをいわないまでも、こうした事例をよくみかける。たとえば総論賛成、各論反対というものいいである。たしかに総論としては正しいが、各論については例外も認めるということである。そうでなければ政治はもちろん日常生活もおくれない。
 実際、非暴力主義の原点である「汝、殺すなかれ」というキリスト教の教え自体が「準則」ではなく「原理」だからこそキリスト教徒は今日まで迫害や戦争から生き延びてきたのである。また仏教の「非殺生」も原理だからこそ、仏教徒も生きることができるのである。非殺生が準則なら、仏教徒は一切の生類を口にできない。
 長谷部の主張はこれまでの日本政府の現状追認、妥協による憲法9条政策を正当化する議論である。だからといって改憲せずにこのまま「新しい戦争」の時代の原理としても有効ということにはならない。憲法9条はあくまでも国家間の「旧い戦争」の時代の国家の原理を定めたものである。長谷部もまた「旧い戦争」を前提に議論を進めており、そこに彼の主張の限界がある。 

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May 15, 2009

スリランカ内戦-非暴力平和隊は「割り込み」を-

スリランカ内戦がいよいよ最終局面に入っているようだ。
 3月末にコロンボから現状を書いたきりブログを更新しなかった。3月末の現地の報道を見る限り、2~3日中に決着がつきそうな報道がさかんに流れていた。3月末に帰国して以来、スリランカに関するニュースを注視していた。しかし、あまり報道がなく、終息に向かったのかと思っていた。ところが、実際には、政府軍側が最終攻撃をずっと手控えていたようだ。LTTEの残存部隊はスリランカ北東部ムラティブの海岸沿いのごく狭い地域に追い詰められ、農民や漁民等住民を人質の盾にして投降を拒んでいた。
 この間、国際社会も少しは関心を示すようになった。明石康氏が日本政府の代表としてスリランカ政府に住民を巻き込まないように攻撃の自粛を求める一方、LTTEにも投降を勧めていたようだ。なにしろ日本の報道が現地取材ではなく、ニューデリーから送られてくる二次取材に基づいているので、伝聞推測が多い。インド特派員が現地の新聞やテレビを見ながら推測記事を書いているのだろう。こういう時こそ体をはって現地を取材してもらいたい。たしかにスリランカ軍は戦闘地域へのメディアの立ち入りを禁止している。だからこそ戦場の実態を暴いてもらいたい。ガザと違って塀がめぐらされているわけではない。道路を使わず、監視の目をくぐり抜ければ(イスラエルに比べれば監視は薄い)、戦闘地域のムラティブには入れるはずだ。欧米のメディアも含め、ニュースヴァリューが低いから特派員も送らないのだろう。ニュースヴァリューが低いことが最も如実に現われているのが、フリーランサーのジャーナリストがほとんどいないことである。フリーのジャーナリストはニュースや映像が売れなければ商売にならない。スリランカ内戦は、そういう意味でも国際社会から忘れ去られた紛争である。
 だからスリランカ政府も、国連やノルウェーなど欧米諸国が最終攻撃を思い止まるようにとの忠告に憤るのだろう。25年以上も続いてきた内戦にあまり関心も示さなかったのに最終決着がつく今頃になって人道危機などと騒ぐのはおかしいという感情なのだろう。ただし国連が関心を示すのは故無しとはしない。最近どうやら約400人の死者が出る攻撃があったようだ。スリランカ軍、LTTEのいずれが攻撃したのか不明だが、両者の攻撃が激化しているのは事実である。両者の間にまだ数万人の住民が人質の盾にされているという。ムラティブのような田舎に数万人の人々が取り残され、周囲をスリランカ軍が封鎖している状況では食料や医薬品も十分行き渡らないだろう。両者の膠着状態が一ヶ月以上も続いている。戦闘での死傷者よりも兵糧攻めのような状況で餓死、病死する人がではじめているのではないか。
 LTTEはもはや組織的反攻ができない状況になっている。投降のよびかけにも応じない。もともとLTTEは捕虜にならないように服毒用の青酸カリをペンダントにいれて胸からつるしているという。スリランカ政府も住民の犠牲覚悟で最終攻撃に出たようだ。
 こういう状況だからこそ、日本非暴力平和隊(Nonviolent Peaceforce Japan)はいまこそ隊員を戦闘地域に送り込み、スリランカ軍とLTTEの間に「割り込み」を行ってほしい。非暴力平和隊の真価がとわれるところである。また日本の「九条の会」もいまこそ一人でも二人でもいいから非暴力で紛争が解決できることを示すために戦闘地域に志願者をおくりこんでほしい。日本人が人質の盾になれば、日本政府の援助を受けているスリランカ政府は攻撃を躊躇せざるを得ない。またLTTE側にも投降の説得工作を行ってほしい。霞が関でデモをしても意味はない。日本の平和力の底力をいまこそ世界に示す時だ。

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