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April 23, 2013

日本・NATO政治共同宣言は対米イエロー・カードだ

2013年4月15日、日本と北大西洋条約機構(NATO)の初めての共同政治宣言が安倍首相とラムスセンNATO事務総長の間で調印された。今回の政治宣言のもとになったのは、2007年1月12日にラトビアの首都リガで開かれたNATO 理事会における安倍首相(当時)の演説にある。今回の政治宣言の内容は、ほぼその時の演説の内容をなぞったものであり、ある意味リガ演説を政治公約として今回NATOに提示したことになる。
共同政治宣言の肝は、「日本及びNATOは,個人の自由,民主主義,人権及び法の支配といった価値を支持している。我々は,これらの共通の価値及び各々の国民の自由及び安全を擁護する決意を有している」にある。リガでの演説でも、「日本とNATOはパートナーです。日本とNATOは、自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有しています。これらの価値を擁護 し、普及していくために日本とNATOが協力していくのは当然のことです」と、冒頭で首相は明言している。今回の宣言は、その意味で、日本とNATOは同じ価値観を共有する「イデオロギー同盟」であることを確認したのである。
ところで、日本とNATOが自由と民主主義の同じ価値観を有するのは、当然のことである。なぜなら戦後日米が安保条約を締結する際に手本としたのがNATO条約(正確にはNATというべきだが通例にしたがってNATO条約としておく)だからである。旧安保条約では第四条と第九条がそれぞれNATO条約の第三条、第九条を参考にして書かれている。
他方、新安保条約は前文の内容はNATOとほぼ同じである。たとえば、新安保条約では「日本国及びアメリカ合衆国は、両国の間に伝統的に存在する平和及び友好の関係を強化し、並びに民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配を擁護することを希望し」とある。一方NATO条約は、「締約国は、民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配の上に築かれたその国民の自由、共同の遺産及び文明を擁護する決意を有する」。両条約に明記されている「民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配」の原則は、戦後一貫して日本、アメリカ、NATO諸国を結びつける共通の価値であり、三者は価値同盟を形成してきたのである。
さらに専門家もあまり注目していないが、両条約の第一条、第二条は句読点(ピリオド、カンマ)まで含めてそっくりである。第一条は国連の枠組みの中に条約があることを明記しており、同じ内容になることはある意味当然である。注目すべきは新安保条約の第二条である。第二条が経済条項であることはよく知られている。この条項はアメリカが日本政府の反対を押し切ってNATO条約の第二条をそっくりそのまま挿入したのである。この経済条項の故に日本とNATO諸国は経済同盟の関係にあると言ってもよい。
アメリカの意図がどこにあったのか必ずしも明確になっていないが、日米安保は集団的自衛権の問題を除けば、NATOとの集団安全保障体制に実質参加できる。それほどに両条約の内容はそっくりである。実際、今回の政治共同宣言はそうした動きの一歩とも思えるほど国際紛争での協力関係を謳っている。
日米安保とNATO 条約はアメリカを媒介項としてつながってきた。冷戦時代は対ソ軍事同盟であり経済同盟であり何よりも価値(イデオロギー同盟)だった。
価値同盟としての日、米、NATOの間にひびが入ったのは、米中国交回復の時である。ヨーロッパの勢力均衡の旧い政治から決別したはずのアメリカが、キッシンジャーの勢力均衡外交(ニクソンが主導したと最近ではいわれているが)によって、価値を共有しないはずの中国と事実上の対ソ軍事同盟を締結したのである。この時明らかにアメリカは、三者の間にある「民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配」の原則を無視したのである。そして現在キッシンジャーをはじめ一部の親中派は、今またこの基本原則、共通の価値を無視して、単に力の論理のみで中国との覇権の共有を画策している。アメリカが共有すべきは日本やNATO諸国との「民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配」の価値であって、中国との権力政治ではない。
今回の日本・NATOの政治共同宣言は、日本とNATOが国際紛争の解決で協力する安全保障同盟でありまた価値同盟であることを確認した。また同宣言は、中国に対するけん制というよりもむしろ権力政治を志向し、「民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配」の価値同盟を否定しかねない対中政策を志向するアメリカへのイエローカードである。

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