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March 18, 2014

武器輸出禁止三原則の見直しは有害無実

武器輸出禁止三原則の見直しが進んでいる。日本はこれまで憲法九条の下で「戦わない」、「派兵しない」、「武器輸出しない」という三原則を国是としてきた。「戦わない」という原則は1954年の自衛隊の創設、「派兵しない」は1991年のペルシア湾への掃海艇派遣によって緩和された。そして今「武器を輸出しない」という原則が見直されようとしている。
これまでの平和主義を捨て、「積極的平和主義」の掛け声のもと安倍政権は、集団的自衛権の見直しで「戦う」、国際協力や同盟協力のために「派兵する」そして「武器輸出できる」国家へと大きく舵を切った。その意味で、武器輸出禁止三原則の見直しは、国家戦略の転換の一部である。だからこそ見直しの内容そのものよりも、見直しをするという宣言こそが対外的に大きな意味を持っている。
 見直しをする目的は三つある。第一は国際協力、第二はシーレーン防衛、第三は同盟協力である。第一は、PKO等で使用した重機等の防衛装備品を現地国に供与できるようにすること、第二は海賊等から日本のシーレーンを護れるように関係国に巡視艇等を供与できるようにすること、第三は航空機、ミサイル等武器の国際共同開発に参加できるようにすること、である。
 これらが三原則を見直さなければできなかったかというと、そうではない。いずれも三原則の例外規定ですでに実施済みである。1991年にはカンボジアPKO活動、2006年にはインドネシアに巡視艇供与、そして1983年にはミサイルの日米共同開発で、それぞれを例外としたのである。だから今三原則の見直しをしたからと言って、何かが大きく変わるわけではない。それよりもむしろあらぬ疑惑を招くばかりである。国際協力に名を借りて海外への派兵を目論んでいるのではないか、シーレーンの海賊対策といいながら中国の海洋進出に対抗しようとしているのではないか、国際共同開発の名のもとに防衛産業の強化を図ろうとしているのではないか。わざわざ有らぬ嫌疑をかけられるくらいなら、三原則は三原則として残し、これまでのように例外規定を設けながら弾力的に運用したほうが外交上は上策であろう。
 武器輸出禁止三原則の見直しには防衛産業の存続、育成を切望する経済界の要請が大きく影響している。事実経団連は2012年の「防衛生産・技術基盤研究会最終報告-「生きた戦略」の構築に向けて-」で見直しを提言していた。しかし、武器が輸出できるようになったからいって、防衛産業が維持、育成できるかと言えば、まったくそのようなことはない。
たとえば戦車や艦船はもちろん武器の部品が輸出できることはまずない。第一に他の民生品同様に価格競争力が全くない。第二に米国がF22を同盟国日本に売却しなかったように性能が高ければ高いほどかえって輸出できない。インドネシアに巡視艇を供与したように輸出ではなくODAによる供与や国連を通じたPKO対象国への防弾チョッキや地雷探知機、重機との防衛装備品の贈与がせいぜいだろう。
そもそも防衛産業が立ち行かなくなっている原因は、輸出できないからではない。武器が高度になればなるほど高価になって財政問題から調達量が減り、その結果生産量が減るからである。かつてメアリー・カルドーが『兵器と文明―そのバロック的現在の退廃』で指摘したように、現在のまま開発費が高騰していけば、いずれ年間の防衛費で戦闘機一機しか調達できなくなる。また海外に市場つまりは戦場を求めても、防衛産業を維持できるような大規模な市場はない。結局兵器はどこの国でも調達コストの上昇から少量生産にならざるを得ず、また大規模戦争がないために少量消費とならざるを得ない。アメリカも含め各国とも自国の防衛産業を維持することで手一杯である。
だから各国とも国際共同開発で分業により開発コストを抑え、調達量を上げ、生産量を確保しようとするのであろう。しかし、国際分業は要素技術を向上させることはできてもシステム技術はアメリカのような最終製造国に握られてしまう。F15のようなライセンス生産も難しくなり、結果的にさらに防衛生産の衰退を招く。いずれにせよ武器輸出禁止三原則を緩和したからと言って防衛生産基盤が維持できるわけではない。
 日本の防衛生産力の衰退は、技術開発力の衰退にも原因がある。シャープ、ソニー、パナソニックなどの凋落を見れば明らかだが、技術開発力の低下が生産力の衰退に直結している。同様に防衛生産力の衰退も基本的には技術開発力の低下というよりも日本には防衛技術開発の戦略がないことが結果的に防衛生産力の衰退を招いている。どのような兵器を開発すべきか独自の戦略がないために結果的に防衛生産力の衰退を招いているのである。兵器開発は、まず国家安全保障戦略によってどのような兵器が必要かを策定し、次にそれにはどのような技術が必要か技術開発戦略を立案し、さらにいくら調達するかという調達戦略を計画し、その上で生産戦略を立てることができるのである。
 しかし、日本には防衛技術開発の戦略がないばかりか、そもそもDARPAに匹敵するような組織さえない。日本版DARPA のJARPAが2014年度予算に計上されたとの報道もあるが、現状はあろうことか日本の技術戦略の司令塔である内閣府の総合科学技術会議の行政機構の中に防衛省が入っていない。防衛技術の開発は日本では国家の技術戦略には入っていないのである。いくら生産基盤の維持を経団連が望み、輸出で何とか生産現場を維持したいといっても、それは本末転倒の議論である。
 結局のところ、武器輸出禁止三原則の見直しは、実質的にはあまり効果はない。むしろ安倍首相の戦後レジームからの脱却という願望を世界にアピールするだけの宣言政策となっている。議論すべきは武器輸出禁止三原則の見直しではなく、戦後レジームからの脱却が国家戦略としてはたして正しいかどうかであろう。

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河野・村山談話の継承を支持する

安倍首相が2014年3月14日の参議院予算委員会で、河野談話を見直さず、村山談話も継承することを明言した。アメリカから相当な圧力があったと思うが、賢明な判断だと思う。
慰安婦問題では国内世論と国外の世論とでは完全に論点が異なっており、見直しをすれば完全に日本の信頼は失墜する。少なくとも慰安婦問題は、国際社会では女性の人権問題であって、軍の強制性の有無の問題ではない。戦前の公娼制度(より広義には徒弟奉公制度)そして何よりも慰安所そのものが否定されており、公娼制度や軍の慰安所を認めた政府、それを利用した軍が人権蹂躙として批判されているのである。
公娼制度は、身売りという事実上の人身売買と、年季奉公という事実上の奴隷労働から成り立っている。国連でもアメリカでも慰安婦問題が非難されているのは、慰安婦問題が人身売買と奴隷労働の問題だからである。戦前においても、1904年の「醜業を行わしむるための婦女売買取締に関する国際協定」や1910年の「醜業を行わしむるための婦女売買禁止に関する国際条約」で売春や人身売買を禁ずる国際協定が締結されており、日本も1925年に批准した。にも関わらず日本では公娼制度が存続したのである。英米では19世紀末に公娼制度は廃止されている。河野談話や村山談話を否定することは、公娼制度を容認することであり、人権侵害を肯定することと受け止められかねない。
昔と今は違うという、見直し派の議論は通用しない。軍の強制性があろうがなかろうが、女衒によって人身売買で売春婦にさせられ、軍の慰安所で性的奴隷労働を強いられたという事実、そしてそうした制度を政府や軍が容認していたことが問題なのである。慰安婦問題を追及している中央大学の吉見義明氏も最初は軍の関与や強制性を問題にしていたが、今では慰安所制度そのものに論点を移している。
慰安所や慰安婦の存在は厳然たる事実であり、国際社会ではその事実が批判されている。もはや文書の有無の問題ではない。慰安所については『兵隊やくざ』を見ていた世代なら誰もが知っている事実である。それが突然問題視されるようになった背景には現代の人権意識の高まりがあるのだろう。
今の人権意識で過去の問題を非難すべきではないという議論もあろう。しかし、昔と今は違うからと言って、今アメリカで黒人奴隷は仕方がなかったなどと言おうものなら、人種差別主義者としてアメリカ社会から抹殺されてしまう。それと同じで、今アメリカで慰安婦は仕方がなかったなどと言えば、完全に信頼を失ってしまう。慰安婦問題はすでに議論の余地のない人権問題であって、これを見直すというのは、そのこと自体が人権無視と思われてしまう。アーミテージのような親日派でも、慰安婦問題について日本に厳しいのは、慰安婦問題が人権問題そのものだからである。
だから安倍首相が河野、村山談話を継承すると明言したことは、日本が人権を重んじる国家であるということを内外に示す良い政策判断であった。慰安婦問題で反省を示した上でで、日本政府が取るべき政策は、「慰安婦20万人」等のプロパガンダをただし、現在の人身売買や奴隷労働の撲滅に向けて積極的な貢献を示すことである。そうすることで中国や北朝鮮の人権蹂躙を非難できる倫理的に優位な立場に立つことができる。
繰り返すが、慰安婦問題は過去の軍の強制性の問題ではなく、現在の人権問題である。安倍政権がこの問題で積極的な対応をすれば、安倍政権に対するアメリカの疑念は払しょくされ、集団的自衛権の容認以上に日米同盟を強固にし、韓国の反日運動を形骸化させるだろう。

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