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January 28, 2015

ISILの巧妙なネット戦略に翻弄される日本

 イスラム国に囚われた人質の一人湯川遥菜氏が殺害された。口にこそ出さなかったが、イスラム国の本気度を日本政府に見せつけるために一人が殺害されるのではないかと多くの識者が懸念していた。結局その通りになった。とはいえ殺害されたのがなぜ湯川氏だったのか。この背景には、ネットの情報が大きく影響していたのではないか。
 もう一人の人質後藤健二氏は、外国特派員協会での母親の記者会見やニューヨーク在住の映像ジャーナリスト西前拓氏が「私は健二」というプラカードを掲げるなど、後藤氏救出の動きが顕著になった。それに引き換え湯川氏には解放を求める動きはなかった。それどころか、湯川氏は犠牲になっても仕方がないといった書き込みさえネットに出てきた。
 こうした情報はすべてISILに伝わっていたのではないだろうか。中東では衛星放送が主要な情報メディアである。CNN、BBCはもちろんNHK国際放送も受信できる。日本の情報が英語で伝えられえているのである。また中東のアラビア語の放送局も事件の概要を伝えている。ISILが日本政府の動きや世論の動向を知ろうと思えば意図も簡単に入手できるだろう。
 むしろテレビよりも重要なのはネットによる情報である。ISILがメッセージを日本政府に送り付けているのはネットである。しかも、人質家族に直接メッセージを送りつけたり、あるいはYOUTUBEで不特定多数にメッセージを公表している。情報発信の巧妙さに、日本政府や日本国民は文字通り翻弄されている。脅迫状や電話あるいはビデオが犯人側からのメッセージの伝達手段であった昔を考えると隔世の感がある。
 情報発信だけではない。ネットは犯人側に情報収集も可能にした。今回の事件に関して日本では大量の情報がネットにあふれた。これらの情報のほとんどが日本語である。だからISILには日本の世論が事件をどのように見ているかわからないと多くの人は思うだろう。そうではない。日本語を英語やアラビア語に翻訳するソフトはグーグルにある。細かなニュアンスは伝わらなくても概略はわかる。あるいはフェイスブックやツイッターでボランティアの翻訳者を募ることもできる。また日本国内にも反米、反安倍を理由にISILを支持する者や同情する者がいる可能性は高い。いずれにせよ日本側の情報は筒抜けだと考えたほうがよい。
 ISILが身代金要求を取り下げて人質の交換を要求してきた背景には、高額な身代金の支払いに否定的な日本政府や世論の動向を熟知したからではないか。また一部のメディアや政治家などが事件を利用して反安倍、反政府、倒閣運動を画策していること察知して、身代金より現実的と思われる人質交換に戦術を切り替えたのではないか。
 ISILは日本側の手の内を熟知している。それに引き換え日本政府はISILに対する情報はほとんど持っていないようだ。テレビなどの既存メディアやスパイに頼る従来の情報発信や情報収集はネットが地球上を覆い尽くす現在もはや時代遅れかもしれない。
(2015年1月25日)

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January 13, 2015

イスラムの草の根の世界戦争

2015年1月7日イスラム過激派による風刺週刊誌「シャルリー・エブド」襲撃事件は「民主社会の根幹である言論の自由への重大な挑戦」(社説『朝日新聞』2015年1月9日)であるとしてフランスのみならず世界に大きな衝撃を与えた。フランスではパリを中心に各地で反テロを叫ぶ多くの市民が手にペンを携えてデモ行進をした。確かに、ムハンマドに対する冒涜を理由に新聞社を襲撃したことで今回のテロ事件は一見「言論の自由への重大な挑戦」に見える。しかし、今回の襲撃事件は単に「言論に対する暴力や脅し」や、今後懸念されるイスラム教徒への「差別や偏見に基づくヘイトスピーチ」(社説『朝日新聞』2015年1月9日)の問題ではない。実際は「言論の自由」という西洋イデオロギーやそのイデオロギーに基づく現在の国際社会の秩序に対する挑戦である。この文脈で今回の事件は犯罪ではなく、明らかに共産主義対自由主義の闘争に似たイデオロギー闘争でありイスラム・イデオロギーに基づく革命戦争の一環である。決して貧困や差別の社会問題が生み出した事件ではない。また単なる宗教対立でもない。政治闘争である。
 俯瞰的に現代の紛争やテロの原因を見ると、そのほとんどの紛争の主体がイスラム対非イスラムであり、またその紛争地域はイスラムと非イスラムの境界線上で多発している。歴史的に見ても、1979年2月のイラン革命以降、国際テロのほとんどはイスラムに関連している。その後2001年の9.11同時多発テロ以降は西洋諸国が対テロ戦争の名目でイスラムへの攻撃を激化させ、それにイスラムが弱者の戦術としてテロを行使している。今回のパリのテロ事件も単にムハンマドを冒涜したという理由からだけではなかった。ユダヤ系スーパーを襲撃したアムディ・クリバリは、ネットで「イスラム国への爆撃で兵士や市民が殺害された報復」であると襲撃の理由を語っている。つまり単なる個人の単独テロではなく、イスラム対非イスラムの「戦争」の一環として、クリバリはテロを戦術として用いたのである。
イスラム対非イスラムの「戦争」という視点から見れば、1979年のイラン革命以来イスラムの「戦争」は前線なき、「草の根の世界戦争」として拡大の一途をたどっている。80年代は中東特にレバノンに集中していた。90年代に入るとソ連や東独等共産主義陣営が使嗾する共産テロが終息し、相対的にイスラムテロがフィリピン、インドネシア、ケニヤ、ソマリアなど中東以外でも頻発するようになった。そして21世紀に入り9.11を契機に欧米にもイスラムテロが拡大し、今や全世界がイスラムの戦争の前線になっている。
個々の事件は、必ずしも表面的には連携はないが、何かしらその地下茎がつながりあって世界各地でテロ事件が起きている。それは単なるテロではなく、全体としてみればやはりイスラム対非イスラムのある種の戦争が戦われているといっても良いだろう。その地下茎とは、結局のところ、主権在神のイスラムの政治イデオロギーではないのか。それを伝える手段がイラン革命当時のカセットテープからネットに代わり、一気に世界にイデオロギーが拡散していったのだ。
今回のパリのテロ事件は主権在民の西洋政治イデオロギーと主権在神のイスラム政治イデオロギーが抜き差しならないところまで先鋭化したことを如実に表しているように思える。

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